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3つの聖地 -エルサレム-

10月 22nd, 2011

written by kuro

入国審査が厳しいと評判のイスラエルに、なんとか無事に到着。

キングフセイン橋から国境越えをした昨日は、金曜日だったので午前中までしか通ることができなかったみたいだが、おかげで空いているようにも感じた。

イスラエルには、シャバット(安息日)というものがあり、金曜の夕方から土曜の夕方までは公的機関も休みになることが多いので要注意&要確認。

おれらは、敵対するアラブ諸国にもこの後に行きたかったので、どうしてもイスラエル入国時にはノースタンプ(パスポートに出入国のスタンプを押さず、別紙に押してもらう方法)で行きたかった。

でもね、そうすると入国審査官からえらい細かく質問攻めにあったり、別室行きになったり、3時間も放置されたとかって聞いたことが結構ある。

正直わからないでもないけどね。自国に来てくれたのに、入出国の形跡を残さないでくれって言われる訳だから。

でも、入国審査や、荷物検査、荷物の受け取りとかの、進み方は簡単だしスタッフは教えてくれるし、実際に入国できなかった人ってのは聞かないからご安心を。

おれらは、かなりスムーズに審査は終わり。

謙虚に、「申し訳ないが、ノースタンプでお願いします。」って言ったら・・・

「どこに行くの?」、「日本の地震は大丈夫?」って質問だけ。

ラッキーだったのは、その審査官はつい2週間前にサンフランシスコに仕事で行っていたようで、おれのパスポートの発行がサンフランシスコの日本領事館になっていることに気づき、「サンフランシスコは、すごく素敵な所だね。」って共通の話題がありすごく気を良くしてくれていたこと。

そんなんで、審査はスムーズ。荷物検査で一悶着あったけど・・・。

まあ、詳細はこちらを ↓ 参考に。

アンマン→エルサレムの移動

やってきたのは、イスラエルの首都である聖地エルサレム。

初日に宿泊したニューパームホステルという宿でそれぞれ1人旅の日本人2人に出会った。

1人は、チカコさんというお医者様になるべく日々精進をされている素敵女子。

ひょんな事から話は弾み、一緒に晩御飯に行くことになった。

おれ、やっぱり思うんだよね。

ほんとに一流でかっこいいな。って思える人は性別問わずに、自分の仕事なり行動にプライドをもっていて、自分の価値観をしっかり持っている。

コピーじゃなくて、オリジナルなんだよね。

そういう人と出会えた時って、自分にもいい刺激になってすげえうれしくなる。

この旅中でも、何人かそう思える人達がいたなあ。チカコさんもそんな一人。

帰国のフライトの日だったから、ずっとは話していられなかったけど、良い時間になったなあ。

イスラエルの食事

そんな初日の夜に食べたのは、上の写真右のファラフェルというイスラエルの軽食。コロッケ、野菜に、ポテトフライまで、ピタパンか、クレープ生地に挟むという一品。一つでお腹にたまる。

気軽に食べれておいしいよお。

左のグリルチキンのセットは、どこのレストランにでもあるような一品。お米も割とおいしいし、チキンの味付けも良く飽きずに食べれる。

ちなみに、エルサレムでは何度か日本食レストランへ行ったが、見事に高いだけでおいしくないから、行かないほうがいいと思う・・・。

話は逸れたが、もう一人の日本人は、名も聞いていない年配のおじさん。

出会って少し話をしていると、エルサレムに来ている事に猛烈に興奮して感動している様子だった。

おれらにはその興奮が、全然理解できなかった。

彼は、深くキリスト教を信仰している方だった。

そうここは、キリスト教の聖地、エルサレム。

そして、ユダヤ教、イスラム教の聖地でもあるエルサレム。

確かユダヤ教から、キリスト教も、イスラム教も生まれたはずだっけ?

・・・・・・・。

正直、ピンと来ないから観光しながら、理解を少しでも深めていこうかな。

ってことで、珍しく翌日から観光・・・。

宿から近いダマスカス門から旧市街に入って、人混みのスーク(迷路みたいな路地)を歩いていく。

ダマスカス門&スーク

スークでは、服、魚、肉、お菓子、おもちゃなど、生活に必要なものが軒を連ねている。トンネルみたいなせまく暗い感じに、ちょいと人混みで歩きにくい。

10分ほど歩き右側の地上にでると、

キリスト教徒の聖地たる所以の場所にでる。


【聖墳墓教会】

イエスが十字架を背負って辿り着き、処刑されたゴルゴタの丘とされている場所に立つ教会。

イエスが亡くなった後に、香油が塗られた場所には、信者がひざまずき長い祈りを捧げていた。

聖墳墓教会

イエスの墓には行列ができ、ひたすら順番を待っていた。

おれらは邪魔をしないように、見守るだけ。

なるほどね。イエスの終焉の場所がここエルサレムの旧市街にあるわけだ。

そりゃあ、メシア(救世主)として信仰しているイエスの墓があるなら、信者にとっては最も尊い場所になるわな。

処刑されるまでに歩いた【ヴィア・ドロローサ】と呼ばれる道も金曜に開放されている。

それだけではない、旧市街をシオン門を抜けるとこんな場所もある。

レオナルド・ダヴィンチが描いた傑作のイメージの方がおれには強いけど、ここがその部屋。


【最後の晩餐の部屋】

最後の晩餐

現在の建物は十字軍が後に建てたものだが、建物内に祀られたりしている何かがあるわけでもなく。

食卓とか椅子もあるわけではないので、「正直、ふーん、ここがそうなんだあ。」っておれらは思ったぐらいで、3分も滞在しなかった。

その近くには、イエスの母であるマリアを祀っている教会もある。


【マリア永眠教会】

マリア永眠教会

ここには、永眠するマリアを中心にたくさんのモザイク画が描かれている。キリスト教徒ではなくても、そのデザインと神々しさには素晴らしいと感じると思う。

他にも、弟子のペテロがイエスのことを知らないと言った庭や、イエスが歩いたのではないかとされる石段がある【鶏鳴教会】もマリア永眠教会から徒歩5分ぐらいにある。

鶏鳴教会

天井のステンドグラスは、なかなかきれいだった。

こんな感じで、キリスト教徒にとってはとても大切な場所がたくさんある。

更にイエスは、イスラム教の中でも聖人とされているので、ムスリム(イスラム教徒)にとっても大切な場所になるってことなのかな。

うーむ、近いようで遠いと称される3宗教だけあって、その関係は複雑。

正直あまり興味のないおれにとっては、理解するのは難しい・・・。

続けます!

お次は、旧市街の中心ぐらいにあるユダヤ人の聖なる場所。


【嘆きの壁】

かつて近くにはユダヤ教の神殿が建っていたのだが、70年ローマ軍によって崩壊された。その時に壊されずに残ったのが、神殿を囲んでいたこの壁。

神殿崩壊後は、年に1度だけ来訪し祈ることを許された壁だったが、1948年からヨルダンの統治に置かれユダヤ人は壁に近寄ることができなくなる。

崩壊から1900年近く経った、1967年の6日間戦争後にようやく自由に何時でも祈ることを許された場所。

途方もなく長い年月の歴史がある悲劇の壁ということになる。

嘆きの壁

壁がある場所に入るには、セキュリティチェックもある。

嘆きの壁に祈りを捧げる場所は、向かって左側が男性用、右側が女性用と分かれている。間違えて入ろうとするとすぐに呼び止められていた。

男性は帽子をかぶらなければならず、入るところにユダヤの帽子みたいなものが置いてある。若干、場違いではあったがおれはキャップのまま入らせていただいた。

彼らの表情とか、そこの雰囲気を少しだけ感じてみたくて。

嘆きの壁

彼らは、破壊された神殿の再建と、まだ現れていないと信じているメシア(救世主)の出現を祈っている。

真剣な表情で壁に祈っている人々、聖書を読み続ける人々、それに少し和やかに談笑している人々も見受けられた。

嘆きの壁

ここに毎日のように通い祈りを捧げる人達は、少数派と言われる正統派のユダヤ教徒の人達が多いらしい。

正統派のユダヤ教徒は、上の写真のように黒い正装に黒い帽子をかぶっている。

もみあげは、子供の頃から伸ばしている。

明らかにもみあげが伸びている子供が歩いているのを何度も見かけた。

ユダヤ人にとっては、1900年も前からの心のよりどころがここエルサレムにあるということ。

しかし、その神殿があった場所にはイスラム教のドームが建てられている。

638年にアラブ軍がエルサレムを征服した記念に建設され691年に完成した。


【岩のドーム】

イスラム教徒にとっては、預言者ムハンマドが昇天したと言われている岩がある場所で、この聖岩を囲むように岩のドームは建てられている。

金色の岩のドームに現在イスラム教徒以外が入るには、決められた時間のみ可。

岩のドーム

そんな感じでエルサレムが3つの宗教にとっての聖地であるわけなのだが、それぞれの宗教、旧約、新約聖書を理解していないおれには理解するには限界があった。

元のルーツは一緒なので、聖書にでてくる聖地の場所の解釈が異なったり、メシア(救世主)の考え方が異なったりして、聖地は微妙にずれたり、違う解釈で重なってしまったりはしているが、基本的に聖人達の足跡があるこのエルサレムに聖地が集中している。

エルサレムという場所が昔からそれぞれの宗教の聖地であるが故に、戦争により、それぞれの時代に様々な国の統治下に置かれたことで、様々な宗教の建物が残されている。

きっとおれみたいな日本人には、正直なところ本当の彼らの心根を理解するどころか、想像することも難しい気はしている。

一応は仏教の文化が強いが、クリスマスを祝い、海外でキリスト教式の結婚式を挙げる。たぶん特に、大きな思想という影響は受けていないのが現実的なのかな。

留学していた時もそうだったが、「宗教は何??」って聞かれて正直こまってしまった。

「宗教は特に強く信仰していない。強いて言うなら自分を信じている。」

とか言うと、みんな不思議な顔をして固まった。

今でもどこの宗教なら未来が変わるとか、祈れば祈るほど、何かが変わるとは思っていない。

おれにとっては神への祈りも、きっと自分の意志や決心を奮い立たせて、ポジティブに保つ為の気休めの一環なのかもしれない。

自分の未来や運命は、自分次第って普通に思っているし。

そんな事を主張しても、宗教を信仰している人からしたら、そんな考え方はおかしくて不思議に思うんだろうなあ。

生まれ変わって、宗教信仰のもっと近くで育たない限り、どっちがいいのかはわからないだろうきっと。

でもね、ずるいのは家族の幸せとか健康ってのついては、思わず神頼みしているかな。寺にお参りも勿論しているし。

うーむ。。。

考え出すと難しくなるから、ブッダと神道をいつのまにかに、気軽に信仰しているってことにしておこう。

イスラエルにきて、どうやら難しい話題が多くなりそうです。

ブログを書くことは、改めて考えさせられことも多く、良い勉強になっている気がするしね。

宗教で気になった人は、申し訳ないがちょいと調べてみて下さいな。間違って解釈していることがあったら、ごみんね~。

Comment » | 30.イスラエル

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