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惨めな歴史 -エルサレム-

10月 24th, 2011

written by kayo

エルサレムにある「ヤド・ヴァシェム」。

日本語で「ホロコースト博物館」と呼ばれている場所に行って来ました。

ここはナチス・ドイツによるホロコースト(大虐殺)の犠牲者、600万人のユダヤ人を慰霊する博物館です。

ヤド・バシェム

広い建物の中は、ユダヤ人への迫害の過去を語る、大量の写真や映像や言葉で埋め尽くされています。

手や旗を振って、ヒトラーに目を輝かせながら歓声を送る大勢の市民。

飢えて弱り切り、路上で亡くなっていく小さな子供達。

骨と皮だけになった大量の遺体が、物の様に引きずられたり、ブルドーザーで穴に落とされていく様子。

生き残った人達による一人一人の証言映像や、沢山の遺品も展示されていました。

館内を進みながらずっと思い浮かんでいたのは、アウシュビッツに行った時、イスラエルの国旗にくるまって、涙を流してうずくまる女の子を見て、ガイドの中谷さんが言った言葉。

「惨めな歴史」 「感情が先立つ」

もしこれが、自分の親や祖父母の姿だったら、自分達の歴史だったら。

心にどんどん重りを載せられていく様な感覚になる。

頭で考えたり、理性だけで整理しきれるわけがない。

旅に出る前、ガザに関する講演会を聞きに行った事がありました。

ガザでの現状を聞き終わった後、参加していた一人の女の子の発言。

「イスラエル人はホロコーストに合った経験があるのに、どうしてパレスチナ人に同様の事ができるのか理解ができない。」

顔ははっきり見えなかったけど、その声からはイスラエルに対する怒りの感情が感じ取れました。

もっともらしい事を言ってる様なんだけど、何か違和感を感じて、共感しきれなかった。

その違和感の理由が、今回分かった気がする。

人間て、度を越えた苦しみが続き過ぎると、傷が深くなり過ぎて、社会で常識や善悪とされてるものなんか通用しなくなる。

これってその人が強い弱いじゃなくて、そこまでの経験をしてるかしてないかだけの話。

そこの人間の性質っていうか、当たり前の部分を知ってるか知らないか。これが誰もが理解を越えられない原因の一つなんだろうと思う。

想像を絶する傷の部分がある事を見落として、怒りに任せて「やり返すな!」っていうのは、あまりにも浅はかで簡単過ぎる気がする。

もちろん充分理解した上でなら意味が全然違ってくるけど、「どうして?」とか言ってる段階では、何だか綺麗ごとに聞こえてしまう。

今回すごく感じたのは、この問題はイスラエルとパレスチナだけの問題なんかじゃなくて、「第三者と傍観者が主体の、世界が生み出した大問題」だって事。ユダヤ人だけの歴史でもない。

パレスチナ問題って今でもずっと続いてるし、世界中で報道されたりはしてるけど、自分自身も含め、誤解や偏見が多いなってのを感じた。

本当に複雑過ぎて、根深過ぎて、想像力が追いつかないからなんだろうけど。

自分もアウシュヴィッツに行って、ヤド・ヴァシェムに来て、やっと見えてきたものがあったけど、まだまだ全然理解できてない。

日本にいた時はパレスチナ寄りの話を聞く機会の方が多いし、その頃の解釈は完全に偏ってて間違ってたと思うけど、今の考えや感じてる事だって正しいだなんて思えない。

でもこの問題に必要なのは、「もう一歩踏み込んだ想像力」な気がした。

想像を絶する傷みを抱えた人達の気持ちや、間違えとしか思えない行動も、一旦自分の中に受け入れて考えてみる事。

そうしたら何が問題の根源なのか、本当の悪は何なのかが見えてくるんじゃないかと思う。

別に私はイスラエルを擁護する訳じゃないし、占領や虐殺行為は完全否定する。

でも、イスラエルっていう国や人を批難したりはしない。

以前テレビで、イスラエルとパレスチナの学生を交流させる様子を観た事があります。

最初はお互いの家族が殺された話をしたり、ぶつかりあってるんだけど、だんだんと互いの国で報道されてる事実に差がある事や、相手の痛みに気付いていって、最後にはちゃんと繋がってた。

どちらかの味方になって、どちらかを否定するんじゃなく、間に入る事。両者を対等に見つめる事。悪者を作り上げてしまう様な誤解や偏見を排除していく事。

これが他国の人間が、解決の手助けをする為にまずできる事なんじゃないかと思った。

ヤド・ヴァシェムの後は、ハダッサ医療センターへ。

何とここには、大好きなマルク・シャガールのステンドグラスがあるんです!

シャガールもユダヤ人だもんね。

シャガールのステンドグラス

この作品は、病院関係者と患者の為の祈りの場として建てられた、ユダヤ教の礼拝堂シナゴーグの中にあります。

色を吸い込んだ光が、空間を優しく染めていました。

シャガールのステンドグラス

4面に渡り、色鮮やかなステンドグラスが12枚。

イスラエル12部族の長になったヤコブの子ら12人を、それぞれシンボルを用いて、1人ずつ一枚のステンドグラスとして表しいるんだそうです。

シャガールのステンドグラス

シャガールの作品にしては珍しく人物の姿がないのは、偶像崇拝につながるような人物像は一切描かないという、ユダヤ教の戒律の為。

だから見慣れた作品とは、少し雰囲気が違って見えた。

1962年に完成したものの、1967年の第3次中東戦争の爆撃により、12枚のうちの4枚が破損。

シャガールは1年近くかけて修復したのですが、正義を司る7番目の息子、ダンのステンドグラスに空いた小さな穴だけは、そのまま残したそうです。

それを残す事で戦争の愚かさなどを訴える為、そして穴から宗教など関係なく、あらゆる人に太陽の光が射し込みますようにという願いを込めて。

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