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上から、下から目線 -ヘブロン-

10月 27th, 2011

written by kuro

この旅始まって以来の、緊迫した空気を感じた日。

パレスチナ自治区であったはずのヘブロン。

ここには、マクペラの洞窟という場所があり、ユダヤ人、アラブ人の祖であるアブラハムの墓がある。

そして、ユダヤの強硬派による入植(勝手に入ってきて自分の土地として住むこと)が進み、入植者によるパレスチナ人への横暴がひどく行われた場所。

住民対立は深刻化し、1994年にはユダヤ人入植者によるパレスチナ人礼拝者へのテロ事件があり、総犠牲者は50人とも60人とも言われる悲惨な出来事が起こる。

後の1997年のヘブロン合意では、80%をパレスチナ自治政府が、20%をイスラエルが管理することで話はまとまったはずだが、現在でもユダヤ人の入植が進んでいる。

ヘブロンに着くと、すぐに一人の男性から話しかけられた。

「ニーハオ!」

・・・。

おれの髪型が右と左の長さが違うアシメトリー・カットだから、わからなくもないが即座にジャパニーズだと否定させてもらった。

彼は続けて、「来てくれて本当にありがとう。」と言った。

フェンスとか教会があるのはあっちだ。と丁寧に道を教えてくれた。

同時に、「ぜひ、このヘブロンを見てほしい。」と加えた。

バスで到着した場所のヘブロンの街は、アラブ人達によって活気に満ちているように感じた。車や、タクシーの数も人の往来も多い。

路上には、野菜や果物を売る沢山の物売りの姿も目にした。

しかし、教えられた方向に向かっていくと、段々と人気も活気も見え無くなっていく。

おれらは、本当に道が正しいのかと疑い、何度か道を確認した。

そこでも道を教えてくれた人から、「来てくれてありがとう。」と言われた。

よく考えると、観光客をほとんど見ていない。最近は減っているのかな。

少し不安も感じたので、周りに注意しながら今度は物売りが立ち並ぶスークを歩いていく。

気付くだろうか?

お見せする写真の違和感に。

ヘブロン

空に注目。

ヘブロン

網?フェンス?みたいなものが張られている。

上から入植してきたイスラエル人が、ゴミやら、糞尿をパレスチナ人の住む下に投げてくるから、防護ネットとして張っている。

ゴミ収集機能は、ユダヤ人が入植してきたこの地域までちゃんと届いている。

上に住む入植してきたユダヤ人の言い分は、元々ユダヤ民族の土地だから早く出て行けと、ゴミに糞尿を捨てる。

ただの、嫌がらせにしてもちょっと度が過ぎる。

下に住むパレスチナ人は、ここは生活してきた大切な場所だからと、ネットを張り勿論とどまる。

そうここが、住民が対立している最前線の一つになる。

こんな不当な扱いを受けているパレスチナ人は、反抗しようにもそこら中にイスラエル軍の兵士に監視されている。

イスラエルはここに住む少人数のユダヤ人の為に、多数の兵士を駐在させている。

パレスチナが対抗して更に兵士を配置しても、更なるイスラエル兵が派遣されるだろう。所詮、軍事力に大きな差があるイスラエルが優位に立ってしまう。

イスラエルが実質的に管理下に置いてある大きな教会があると聞いたので、パレスチナ側からやってきた。

パレスチナ人にとっても、祈りを捧げる為の大事な場所なので、往来を許されているという。

しかし・・・。

教会に近づく為に、2度の荷物チェック。

ゲートを越えると、銃を構えた兵士が待っている。

そんな兵士も、「ジャパニーズ??、ハロー」って言ってきたり、意外にもフレンドリーなことにすごく驚いた。

ヘブロン

教会の中に入るまでに、なんと更に2回もの荷物チェックがおこなわれた。

常に銃を待った兵士が2人以上、近くに待機していた。

中に入ると・・・

ヘブロン

女性は頭までマントを覆わなければならない様子。

ヘブロン

って、カヨかよ。(真面目な話なのに失礼しました。)

男性は靴を脱ぐだけで良かったが、女性は観光客でもマントを被るように厳しく説明された。

ヘブロン

同じタイミングで、ゲートをくぐってきたパレスチナ人の人々は、真剣な表情で祈りを捧げていた。

彼らが荷物検査のゲートをくぐる時、イスラエルの兵士は何一つ話しかけるとこはなく、ただ目を離さずに銃を構えていた。

教会を出ると、イスラエルの旗が掲げられていることに気づく。

ユダヤ教徒の特徴的な黒い帽子に服を着ているイスラエル人が、数人だが普通に歩いていた。

まるですごく無関心のように、静かにまるで平和にさえ感じたイスラエル側で、コーヒーを飲んだ。店員も観光客に驚く様子もなく、緊迫感もまるでなく、普通のカフェだった。

ヘブロン

なんだか言葉にできない複雑な思いだけが、体中にまとわりついてしまった様な気がした。

なんとも言えない気持ちのまま、もと来たゲートをくぐり、青空にも網が張っているパレスチナ人のスークを戻り帰っていく。

帰り途中、6人の武装したイスラエル兵士とスークですれ違った。

真剣な顔をして銃を構えている状況に、さすがにこちらも緊張した。

何事もなく通り過ぎて行ったが、無防備のただのパレスチナ住民に対して、威嚇するかのように銃をわざと向けていた姿が印象的だった。

若い兵士が、まるでおもちゃで遊んでいるかのような、すごく簡単な光景にさえ見えてしまったのは何故だろう。

それぐらい、両者には心理的、物理的にも差があるような感じだった。

来る時には気付かなかったが、緊張感で頭が冴えていたのか帰りには、住宅の横にも居住地を区分けするフェンスが置かれていた事に気づいた。

ヘブロン

そのまま歩いていき、活気のあるヘブロンの中心の方に戻り、ミニバスのようなタクシーに乗りエルサレム行きのバスが通る場所まで向かう。

少しタクシーは走っていき、ヘブロンの郊外にでた時、

女性2人に、子供3人におれら2人が乗るミニバスのドライバーが、「あれもこれもユダヤ人の建物だ。」と教えてくれた。

おれらを見ては「good !」と言い、入植してきたユダヤ人の建物を指さしては「no good, no good !」と言い。

イスラエル人の住宅

イスラエルの兵士を見つけると、「あいつらは嫌いだっ。ファッキン、ジェルサレムッ!!」と吐き捨てた。

一緒に乗っていた、女性達、子供達は、ただ普通にドライバーの言葉を流すように聞いていた。まるで、聞き慣れた言葉であるかのように。

おれらの後ろに座っていた子供達が、ふと肩をトントンってたたいてきた。

振り向くと、

笑顔でアラビア語を話しながら、お菓子を差し出してきた。

ゴメン、アラビア語はわからなかったけど、ありがとうってだけ伝えてもらったよ。

うれしく思ったのか、その子供達、何度も何度もおれらの肩をたたき、「もっと食えっ。」と言わんばかりにお菓子をくれた。

ずっとだったので大変だったけど、なんだかすごくうれしかったなあ。

あげられるお菓子は無かったので、日本の五円玉を3人にあげた。

穴も開いているし、ネックレスにでもなるかな。

高価なものでも、もらってしまったのではないかと驚いている子供達だったが、喜んでくれて良かった。

お菓子はもういらないからあげる。っとばかりに袋ごとくれた。

ちょっと気を遣わせてしまったかな。ごめんね。

バイバーイ!って手を振る子供達から、複雑な想いにかられていた心は、少し元気をもらっていた。

彼らの笑顔が大人になっても、変わらないでほしい。

お菓子

補足。

最近のブログだけを見ていると、イスラエル人(ユダヤ民族)の酷い行いばかりを感じてしまうかもしれないが、忘れてはいけない。

国を持たなかった彼らも長きに渡り、計り知れない迫害を受け続けていたこと。

方法はどうであれ、ようやく手に入れかけた故郷である安息の地を必死に自分達のものにしようとしているだけなのかもしれない。

おれらには決して簡単には理解できない心の闇が、きっと彼らにも残っているのかもしれない。

大国の思惑によってにずれてしまった歯車が、二度とは元に戻れない複雑な世界を作りあげてしまった気がする。

実際に目の当りにして、更に溝は深くなっていってしまうような、そんな気もしてしまった。

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