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イブラヒム・ピースハウス -エルサレム-

10月 28th, 2011

written by kuro

とある日、エルサレム旧市街から、少し東に行ったところにあるオリーブ山に向かった。

幼稚園、小学校低学年ぐらいの近くの子供達は、すごく人懐っこくて英語で「Hello, Whats your name?」ってみんながみんな何度も聞いてきた。

遊びたくて仕方がない子供達、ちょっと調子に乗って石も投げたりしてしまい、おばちゃんに怒られていたり・・・。

まあ子供は、ちょっとやんちゃで元気な方がかわいいよ。

おれらがここオリーブ山に来たのは、カヨが行きたいという場所である【イブラヒム・ピースハウス】を尋ねる為。

ここには平和活動をしている、有名なイブラヒムさんがいる。

宿泊することも可能と聞いていたので、とりあえず手ぶらで話をゆっくりすることができるのか、近々閉鎖するという話もあったので今でも宿泊も可能なのか、様子を見に来てみた。

「Welcome !」元気な声と共に、イブラヒム(この後おれらは勝手に、イブじいと呼ぶ事にする)さんが現れる。

挨拶を交わし、「今は、エルサレムの他の宿に泊まっているのだが、可能であればこちらの宿に明日から泊まりたいのですが。」と聞いてみると、

「他の宿に泊まることができるのなら、そのままその宿に泊まっていたほうがいいんじゃないか?」とイブじい。

「正直、おれらはお金や食べ物に困っているわけではない。ピースハウスが寄付制で成り立っているのも理解している。ただ、イブラヒムさんとできるだけ話をしたいだけ。」とおれら。

「そうか、わかった。それなら部屋は空いているから明日の朝においで。とりあえず、ご飯を食べていけ。」(イブじいは英語が堪能)

そんなつもりではなかったので、ちょっと前に昼ごはんを食べて来てしまっていたおれらだったが、せっかく話ができる機会だったのでお言葉に甘えさせていただいた。

しばし話を聞かせてもらった後、食べ過ぎたお腹と共に重い腰をあげて帰ろうとすると、「パンも持って帰れ。」とパンのテイクアウトまで。

噂に違わぬ無償の親切。なんだか恐縮してしまった最初の出会い。

そんな感じで、翌日からイブじいのピースハウスでの生活が始まった。

この頃のピースハウスには、10人ぐらいの沢山の日本人、アメリカ人、ドイツ人、南アフリカ人などが宿泊しにきていた。

イブじいはいつもピースハウスに居る訳ではなく、近くにある自分の家で暮らしている。

食事時になると、ここに来てせっせとご飯を作ってくれる。

出来上がると、「ea–t !!」「fo–od !!」食べろーーっ!、飯だーーってみんなに知らせてくれる。

食べても、食べても、「イーートッ!!」、「フーードッ!!」って言われるもんだから、自然に頭の中にそれらの言葉が残ってしまっている。

毎食20人分以上の飯を作るわけだから、かなり大変なことだと思う。手伝う!と言っても、「その野菜切ってくれとか、サラダ混ぜてくれとか。」下ごしらえのお願いごとばかり。

自分で料理するのが好きなんだってさ。

まあ、中途半端に手伝われるのは逆に面倒になることも多いしね。おれらも料理はするから、それは分かるよ。

イブじい

それにしても、食べても、食べても、お腹いっぱいって伝えても、何度も何度も食べろーって勧めてくる。

何でお腹一杯って言っても、そんなに勧めているのか聞いたことがある。

それは、少しの遠慮もさせない為。だってさ。

名前を知ろうとしたり、お茶飲む?とか聞かなくても、表面的な挨拶をするよりも、余計な気遣いをするよりも、一緒に食事することのほうが大切だと言っていた。

遠慮もさせずお腹一杯になるまで心からもてなす事によって、心が通うんだ。ってさ。

やさしいなあ、イブじいは。

彼は続けて、「本当に、全ての人間を愛している。ここに来る全ての人、現地の人達のあらゆる背景を想像しながら、人々に接している。そういうことは、自分の両親、家族から教わってきた自然に身に付いたことだ。」と。

ピースハウスには、イブじいの写真が多く飾られている。聞いてみると、これが奥さんで、どこの国に招待された時だ。とか色々教えてくれる。

イブじい

おれらは、いつもイブじいと話す機会を伺っていた。

この頃は、実は体調もあまり思わしくなく病院に行ったりしていたことも知っていたので、夜ご飯を作り終わって、一人でのんびり誰かと話したそうにしている時に、決まって話しかけるようにしていた。

いつも嬉しそうな顔で、こんな若輩者のおれらに色々と話しをしてくれて有り難かったなあ。

イブじいは、確か63歳だったけな。

最初に飛行機に乗った時、すごく怖かった。今でも怖い。

泳ぐことも上手ではない。自称、小さい男のイブじい。

何も知らないし、パレスチナ人だから、パスポートも持っていない。

なのにみんなに呼ばれる。他の国から招待される。

色々な国に行って、子供達と一緒に戦争反対を訴えた。ホワイトハウスでも演説したことがある。来年は日本にも行く予定。

なんで戦争が起こるのだろう。みんなアダムとイブの子供で、みんな家族のはずなのに。

言葉は無くても、目を見ればわかりあえるはずなのに。

ピースハウスがあるここオリーブ山に、ユダヤ人が来ることはほとんどない。パレスチナ人に食べられるとか、行ったら全てを失うと思っているらしい。ユダヤ人が住む場所から、たった徒歩10分という距離なのに。

イブじいは、こんなことも言っていた。

世界を壊したい。

国という枠を取り外したい。

同じ人間なのだから、国や民族がなけれが仲良くなれる。

戦争がいつか無くなる日が来るのかな??って聞いたら、

戦争が無くなることはない。ときっぱりと答えた。

戦争が無くなると困る国がある限り。(大国の軍事ビジネスのこと)

もっと、夢とか希望を多く語る人なのかとどこかで思ってしまっていたが、毎朝5時にかかさず国際ニュースを見て情報にも精通いるだけあって、すごく現実的だった。

だからこそ、理想を語れるのだと思う。

見た目はなんだかすごく可愛らしいおじいちゃんって感じでもあったんだけどね。

快適すぎる部屋で、イブじいから聞いた話を残す人・・・。

早くブログ作れよ・・・。

おれ

そんなイブじい、実は裁判にかけられていて某日に判決がでるという。すげえ笑いながら裁判所からの通知とか、裁判での借金の書類とかを見せてきた。家を差し押さえられるのか、逮捕されるのかもわからないという。

そんな話は、ちょっと他の人からも聞いてはいたから、在り来たりな言葉で大丈夫?としか聞けなかったよ。

そしたら、捕まるのも、死ぬのも怖くない。でも残された家族や、奥さんは心配だし、世界の戦争についても心残りってさ。

全く自分の心配をしていない相変わらずのイブじい。

横では今日もイブじいの作った大量の晩御飯を、喜んで食べている宿泊者達。

イブじいのご飯は、心もこもっていて具だくさんで本当においしく思えた。時々ちょっと塩っ辛いこともあったけど、イブじいは味見できていないから仕方ない。最近は、医者から普通の食事を口にすることを止められていた。

イブじいの白い服に赤い血が付いていたこの日。高血圧で気を失いそうになり、血液検査するにも血が噴き出てしまったそうだ。前にもスピーチの途中で、倒れて意識不明になったことがある。今でも左半身に麻痺が残っていて、足も少し引きずりながら歩いている。

そんな状態なのに、誰にも悟らせず普段通りにご飯を振る舞う。

ご飯をみんなに自分の手で作りたいのだという。

インターネットも止められて、温水シャワーは壊れてしまい、直すお金が無い。

ガスと電気は料理をするのに必要だからと、借金してでも利用している。おれらはこの無償のやさしさに仇で返すような真似はしてはいけない。

ある日、イブじいと話をしていて、よろけそうなイブじいの帰りを見送る前に、イブじいが寄付金をいれる箱を開けた時だった。

おれは凍りつき、イブじいは一瞬顔を曇らせた。おれらが2人分って思ってその日にいれた大体の目安と言われている100シュケルしかお札は無く、あとは少量のコインしか入っていなかった。

たまたま、この日は寄付金をいれてないだけの人がほとんどだとは思っている。まとめて最後に入れていっているだけなのかもしれない。昨日まとめて今日の分もいれていたのかもしれない。でも、コインが入っているし・・・。

寄付制だから、金額が決まっていないのはわかっているけど、海外旅行に行ける人間が貧乏だから払いませんってのはまさかないよな。そんな噂も聞いていたけど、実際にそういう疑いを垣間見るとショックだった。

偉そうに言うつもりはないが、常識としてここに来る機会があっても、無償のやさしさを食い物にするような真似だけはやめてほしい。

今の時代、人の行為や価値観にいちいち説明をつけることが古い考え方だとは理解はした上で、このピースハウスに来る宿泊者、来客も三者三様で興味深かった。

イブじいに本当に会いたくて話を聞きに来る者、なんとなく来たけど得る事ができる何かを探している者、ただ節約のために来ている者、旅行者との出会いの場を求めている者、英語がしゃべれないからと一歩下がる者、英語がわからなくても必死に話を聞いてみようとする者、同じようにピースメーカーと名乗っているがお金が無いと言う者、同じように平和の為に何かできないかと模索している者、ボランティアで訪れている者、本当に行き場が無く泊まり続けている者。

日本人の素敵な旅人達にも、たくさん出会えた場所でもあり、はたまた日本人は大丈夫なのかってちょっと思ってしまったりしたピースハウスでの滞在。

84歳のバックパッカーであるハタノさんは、率先してイブじいを手伝い、後片付けをしていた。おれらも頭が下がるばかりだった。

日本でも仕事に精を出し、十分なお金を得てから一人で旅行を楽しんでいる。おれらも様子を見ながら計画しているシリアも旅行してきたばかりだ。英語もしゃべるし、ドイツ語も少ししゃべる。おれら含めて若い人達に、色々な人生の話をしてくれていた。

毎日かかさず、水泳をしていただけあって肌もきれいなハタノさん。おれには84歳でこういう生き方ができる自信はないかな。

見習わないとね。

そんな素敵なツーショット。

尊敬すべき2人

そういえば、イブじい。

自宅に帰るときは、心配かけないようにタクシーを呼んで帰る。

宿泊していた最初の方は、足を引きずりながらタクシーの所まで向かうもんだから、手を貸そうとすると、頑固に大丈夫だから家の中に戻れの一点張り。

泊まっていた最後の2日間は、本当にきつかったみたいで自分から肩貸してくれっていう状態にまでなっていた。

ずっと元気でいてほしいなあ。何も代わりにはしてあげれない、去りゆく勝手な旅行者でも心からそう思ったよ。

せめて、少しでもみんなに知ってもらうことが、イブじいにも言われた役目。

イブじいが笑顔で言っていた。

【my life is beautiful. 】

その言葉がとても心に残った。

このブログはあくまでおれらが話の中で聞き取って感じたものなので、イブじいがどういう人なのかは、こちらのYou Tubeで見て下さい。

Ibrahim Ahmad Abu El-Hawa

↑ ↑ ↑ ↑ イブじいが紹介されている番組(日本語字幕あり)

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