ブラジル日本移民資料館 -サン・パウロ-

written by kuro

昼ごろからリベルダージ駅近くは沢山の人で賑わっていた。

毎週、出店が立ち並び東洋市が催されるのだ。

東洋市

屋台には、TAKOYAKI、YAKITORI、IMAGAWAYAKI、OKONOMIYAKI、YAKISOBAの文字が並び、盆栽から衣類にアクセサリーまで売られている。

ブラジル人に観光客、東洋人街の住人でごったがえしている。みんな日本食?が好きなようだ。

しかし、よく見ると売っているのは大半が韓国人か中国人だった。

まあそんなもんかもしれないね。

挙句の果てには、おれがOKONOMIYAKIを買っていてポルトガル語がわからなかった時に、ブラジル人らしき人になんで日本語で話さないの?とジェスチャーをされた。

みんな日本人が店を出しているとでも思っているのか・・・。ちょっと腹が立ったので、おれらは日本人で、彼らは中国人と思わずポルトガル語で教えてあげた。

OKONOMIYAKI も完全にモドキで全然美味しくなかったし、醤油しか置いてなかった。

このサンパウロの東洋人街も日本人が多かったのは昔で、今は韓国人、中国人が多いんだって。日本人はおとなしいからなあ。せっかくこの地に移住して切り開いてきたのになあ。

期待していた東洋市も今一つだったので、おいしいフローズンヨーグルトの店YOGUCHIに連日お世話になる。

YOGUCHI

トッピングが豊富!!大好きなフルーツを乗せ放題した後にグラムで計量してくれる。

いつも通りブルーベリー、マンゴー、ブラックベリー、キュウイをフローズンヨーグルトと同量以上にトッピング。

フルーツ好きにはたまらない。

YOGUCHIを携え、近くのセー広場にあるカテドラル・メトロポリターナを見学。

カテドラル

ゴシック様式で、大理石を多く使った柱があるきれいな教会。

旅を続けていてきれいな教会を見過ぎてしまっている為、あまりに普通に見えてしまう自分が少し悲しい。

カテドラル

この日はめずらしく観光三昧。

続けてブラジル日本移民資料館に足を運ぶ。

資料館の近くで観葉植物市のような催しがあり、沢山の年輩の日本人を見た。日本語が飛び交っていた。たぶん移民の方々だろう。

資料館は興味深いものだった。

自分の中ではサンパウロでのハイライトはここだった。

なんと1908年からブラジルへの移民が開始されていた。

欧米諸国がアフリカや、南米を開拓していく流れがあった時代。日本も移民という形で地球の反対側まで足を伸ばしていた。

今やブラジルに旅行で行くことは簡単にできるが、当時は全てを投げ打つ覚悟で移民したことは言うまでもない。ましてやアメリカとかではなく裏側にあるブラジルだ。

いつの時代にも未知の世界を切り開いていく開拓者がいる。

その第一人者や、船の名前、その後に続いていく移民の歴史が事細かに記されていた。

移民の主の開拓事業は農作業だった。当初は慣れない農作業道具に戸惑い、試行錯誤しながら農地を作っていき生活をしていった。

続いていく移民達が穀物の種を、道具を持ち込み、そして徐々に農業の幅を広げて開拓していった。その穀物や、道具、当時の住居などの模型も展示されていた。

30数年の歴史を重ねて築きあげていったのだが、その後第2次世界大戦が勃発する。

移民達は日本の戦争での勝ちを信じ続ける勝ち組と、現実的に負け始めていることを悟っていく負け組とで亀裂が生じる。

第2次世界大戦終戦時には、敵対していたブラジルから移民の強制退去が言い渡される。

ここで今まで築き上げてきた移民の生活は一度ブラジルから途絶える。ブラジルの多くの穀物を生産して、農法など様々な持ち込んだ知識でブラジルにも大きな貢献をしてきた日本移民。

終戦後10数年経ってから、ようやくブラジルへの移民が再び許可される。

この移民館は、1978年の移民70周年を記念して開館されたもの。

空白の時を経て再びブラジルに向かった人々の心中は想像できない。すでにどれほどの愛着を持っていたのだろうか。

そんな歴史があるブラジルの移民の暮らし。今はブラジルに移民するのは手続きが大変だと聞いている。

移民当初から100年も経った今、簡単にブラジルへ旅行ができてしまう日本人。こういう歴史は知っておいたほうがいいのではないかと思った。

館内は写真撮影は禁止されているが、とても心にも視覚的にも残った場所だった。ぜひ立ち寄ってほしい。

移民館でたまたまナイスガイの日本人に会った。トップ企業を辞めてトップコンサルティングに転職をすることが決まっていた。

彼はニッケイパレスホテルに泊まっていたのでおれらがネットしていた時にまた再会できた。ビールまでご馳走になってしまい、色々な話ができて良い刺激になった。

時々、社会人経験豊富で更なる高見を目指す旅行者に会うことができる。彼らは皆、旅をしながら必ず何かのビジネスチャンスを探している。また日本で再会するのが楽しみだ。

彼から教えてもらったラーメン「KAZU」は、おいしかった。

KAZU

今のところ南米で一番おいしいラーメン屋さんはここだろう。麺もスープも日本のラーメンチェーン店以上の味だった。

近代都市と呼ばれるサンパウロ、日本ともゆかりが深いこの場所には、全然知らなかった移民の歴史が垣間見える。

また少し、ブラジルのイメージが変わったよ。

サンパウロ

Category: 08.ブラジル Comment »

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