ドイツ国際平和村 -オーバーハウゼン-

written by kayo

2008年に放送終了してしまった「世界ウルルン滞在記」という番組で、女優の東ちづるさんが訪れていた「ドイツ国際平和村」。

ドイツ市民の手によって1967年に設立された人道援助団体で、母国では治療を受けることができない紛争地域などに住む子供達をヨーロッパで治療し、治療やリハビリ後は母国へ返すという活動を主に行っています。

2年前からここのサポーターになって、毎月わずかながらの寄付金を送ったり、講演会や写真展に足を運んだりしていました。

以前から今回の旅の際に、平和村を訪れる事はできないかとスタッフの方に相談していて、夏頃なら気軽に参加できる「Peace im Pott」というお祭りがある事を教えてもらっていました。

長期で予定も不確かな旅だから、うまくタイミングを合わすのは難しいかと思いきや、ぴったりのタイミングでドイツに到着。

デュッセルドルフ中央駅から、列車でオーバーハウゼン中央駅へ。そこからさらにバスを2本乗り継ぎ、降りたバス停から少し歩くと日本語の看板が見えて来る。

「ヒロシマ通り」。平和村へと続く道です。

ドイツ国際平和村

平和村で暮らしている子供達の母国は、アンゴラ、アフガニスタン、タジキスタン、ウズベキスタン、グルジア、アルメニアなど。今はアフガニスタンの子達が一番多いそう。

原爆や戦争の悲惨さや愚かさを忘れない為、そして日本からの沢山の援助に感謝の意を込めて「ヒロシマ」という名が付けられました。

「Rua」はポルトガル語で「通り」という意味。平和村にいるアンゴラの子供達が話すポルトガル語を使う事で、紛争地域で傷ついている子供達の事を忘れないという意を込めたそうです。

確かに日本で現在のアンゴラの状況を知っている人は少ないと思う。アンゴラの内戦は2002年に終わって、ニュースで報じられる事もほとんどなくなったから。

でも地方地域では、内戦が終わってほぼ10年になろうとしている現在でも多くの地雷が残っていて、多数の死者、負傷者が出てる。

カンボジアだってベトナム戦争時代の地雷を未だに抱えてるんだから、戦争が終わったからすぐ平和なんて事になる訳がない。

報道って本当に偏ってる。色んな人の色んな思惑によるものなんだろうけど。

ニューヨークの9.11が全世界で毎日の様に報じられてる時だって、沢山の人が虐殺されてる国もあったのに。

勝手に入ってくる情報だけを素直に聞いてたんじゃ何も分からない。

「ヒロシマ通り」を進むと、見えてきた。平和村の建物。

ドイツ国際平和村

テレビ番組では理解しやすい様にスポットを当ててる部分があっただろうから、実際に行った時の印象はきっと違うと思ってた。

私は小学生の時に寮生活をしてた時があって、きっとそこの雰囲気に近いものがあるだろうなっていうのが予想。

親元から離れた子供って、寂しい思いをして弱ってるんじゃないかって考える人もいるだろうけど、子供の順応性やたくましさ、与えられた場所で楽しむ力って実際はすごい。

それで平気と思って傷つけてほしくはないけどね。

ドイツ国際平和村

予想は、見えてる部分だけで言えば当たりだったかな。

みんな子供らしい笑顔で元気に遊びまわったり、スタッフの人達に甘えたりしてる。

もちろん傷ついた瞬間や母国での日々の記憶で、心の中に抱えるものがある子達もいるだろうけど。ある程度、年齢が大きい子達ほど苦しんでるんじゃないかな。

でも今日はお祭りっていう特別な日だし、みんな楽しそうでした。

内容も多彩で、ピエロのショーがあったり、子供達もフェイスペインティングをしてもらったり、アフリカ風に細かく髪を編んでもらったりしてました。

ライオンの顔をした女の子が「これ良いでしょ~♪」みたいな感じで嬉しそうに話しかけてきた時は、思わず可愛過ぎて笑っちゃいました。

他にもソーセージやビールの飲食の屋台があったり、グッズや子供達が手作りした小物なども売られていたり。利益は活動資金に使われるそうです。

そして一番感動したのが、アンゴラの男の子達によるダンス!

ドイツ国際平和村

すごーい上手でビックリ!さすがアフリカン。マイケル・ジャクソンみたいな動きまで披露してくれました。

緊張してるのか格好つけてるのか、ずっとぶっきらぼうな表情で踊ってた男の子が、沢山の拍手と歓声をもらった時に、うつむきながらニヤッって笑ったのがめちゃくちゃキュンときた(笑)。

ドイツ国際平和村

この鳥の名前は「フリーダ」。ドイツ国際平和村の子ども向けインターネットサイトに登場するマスコット。

お祭り会場の中にフリーダ・コーナーがあって、日本人アーティストの原田みどりさんが、購入したTシャツや平和村グッズのエコ・バッグに、フリーダや何でも好きなものの絵を描いてくれていました。

何とこの原田さんは、ポケモンのイラストレーターだそうです!私達もエコ・バッグに地球を一周して飛ぶフリーダを描いてもらいました。

お祭りの終盤は、小さい子達にちょっかいを出したり、一緒に風船で遊んだり。

もう目がキラキラで、おもちゃみたいな動きで走り回るから可愛いくてたまらないんだけど、顔に大きく負った火傷の跡を見たりすると、私達の日常とはかけ離れた場所からこの場所に来てるんだって事を実感する。

今はもうあんまり覚えてないのかもしれないけど、大人だって耐えられない痛い思いや怖い思いをしたんだろうな。

何度も病院に行ったり、治療を受ける事だって、毎回すごく不安だと思う。付き添ってくれるのはお母さんじゃないし。

そしてこれから、完全に消える事はないだろう傷跡と生きていかなければならない。

こんな現実は、やっぱり間違ってる。

2年前に亡くなった平和村の代表のゲーゲン・フルトナーさんの夢は、「平和村がなくなること」でした。

平和村に来るには厳しい条件がいくつかあって、治療をしても治る見込みがない、残り短い命なら親元にいた方が良いと判断された沢山の子供達が、母国に残されてきています。

つまり、平和村にいる子供達は、紛争の被害にあっている子供達のほんの一部にしか過ぎないという事。

最近、平和村にやってくる子供達に変化が起きていて、奇形や障害、ガンや白血病、腫瘍など、化学兵器の影響を受けたと思われる子供が増えているそうです。

平和村がなくなる日はいつになるだろう。

でも未来に希望が持てる事実もあって、平和村から母国に帰って行った子供達の中で、「兵士になった」という報告は受けていないと言います。

日本て何でか、ボランティアとか募金ていうものに対して、変な敷居があると思う。

「えらいね!良い人だね!」なんて過度に感じてしまう反応が起きる事もあれば、「偽善者」っていう言葉を発する人もいる。

戦争をしない国が、どうしてこうなっちゃったんだろう。

でも今年起きた東日本大震災で、日本中がそんなこと言ってる場合じゃなくなった。沢山の人達が、自分にもできる事を毎日真剣に考えた。

日本は、変わったのかな。

私自身、最初にテレビで平和村を知った時、すぐに寄付金を送ろうか考えたけど、世界一周をしようと企んでる自分が出せるお金なんて本当に微力で、意味がないし無駄なんじゃないかと思って行動に移せなかった。

湧き立った感情よりも、頭で計算した判断が勝ってしまってた。

だけどそれからしばらくして、きっかけとなる出来事もあって、「意味がない、きりがない」⇒「だから何もしない」っていうのは、それこそ無意味でもったいない事だって気付いて、行動に移した。

無駄でも良いとすら思ってたんだけど、毎月決まった頃にお金を振り込む事で、毎月あの子達を思い出す事になって、自分の中で「忘れない」っていう大きな変化をもらった。

他にも身の回りで嬉しい出来事や出逢いが立て続けに起こったり、ずっと悩んでやっと出した答えが目の前に文字として現れたりっていう不思議な事が続いて、自分の起こした小さな変化が巡り巡って、色んな風に形を変えて返って来てる事を実感した。

「間違ってないよ」っていうメッセージを感じずにはいられなくて、無駄じゃなかったって心から思えた。

ちょっと意味の分からない話かもしれないけど・・・。

「みんな募金しようよ!」っていう考えはさらさらないんだけど、少しでもそういった事が気になってる人が、その気持ちを無駄にしてしまう事はすごくもったいなく感じる。

行動に移した時、きっと自分にも得るものがあったり、色んな運が巡ってくるはずだから。

終盤色々書いたけど、私の考えも偏ってるので、1つの意見や経験として受け取ってもらえればと思います。

最後にドイツ国際平和村のホームページを載せておきます。気になった方は見てみて下さい。

ドイツ国際平和村

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